「お帰りなさいませ 冬獅郎様」
少しのズレも許さないようなハモり具合で 数十名の使用人達が言った。玄関から家までの間 ずぅっと両サイドに立ち並んでいる使用人を見ながら 雛森は…ただ 固まっていた。
「…雛森?」
日番谷が訝しげに声をかけると やっとの事で雛森は少し動いた。
「…あ あの こ これ…い…」
上擦った雛森の声を聞きながら 日番谷が い?と聞き返し続きを催促すると 一度唾を飲み込んだ後これ以上ない程真面目な顔で雛森は続けた。
「家ですか?」
日番谷が返事を返すまでに 間が出来てしまったのも仕方無いだろう。
「そんな真面目な顔で言うな。」
「い 至って真面目ですっ!」
わからん事も無いがと 頭を掻きながら日番谷は返した。ふと 雛森の足が震えているのが視界に入った。
緊張するのも 当然といえば当然かも知れない。そっと雛森の背中に手を回し 肩に触れる。
「落ち着け。」
誰も取って食いはしねぇよ と 笑み混じりに言いながら 日番谷は肩に触れている手に少し力を入れた。
…温かい。
日番谷が触れた所から じんわりと温かみと優しさが伝わってくるのが解った。それが何故かとても嬉しく 心からもじんわりと温かみが広がっていった。
すぅ と 息を吸い込んで日番谷は使用人全員に聞こえるように声を張り上げた。
「いいかお前等!こいつは客だ。よく覚えておけ!いいな ‘俺の’客だ!」
雛森は思わずきょとんとした顔で日番谷に目を向けた。身売りは使用人として雇われる為に売られてゆく筈なのに 何故客などと言うのだろうか。それを口にしようとすると 口を開く前に良いから と 小声で制止された。
日番谷が客 とくり返した時に 使用人は心を一つにして 誰?! と思ったのは叱られるので秘密らしい。
日番谷は数歩歩んで一番近くの使用人…金髪で 美人な人だと雛森が思った人…に話しかけた。
「4・5人付いてやってくれ。キツネに会わす。」
その金髪の人が こくりと頷くのを確認すると 日番谷は雛森の方に目を向ける。そのタイミングで雛森は口を開いた。
「キツネ?」
「親。」
「お父さん?」
「あぁ。」
その表情があまりに微妙だったので 雛森は首を傾げた。それを見て 半幅諦めたように日番谷は続きを口にした。
「育ての な。」
そう言われてやっと 雛森は名札が『日番谷』では無い事に気付いた。少し考えると それが嬉しいように感じた。この家に「日番谷」は一人しか居ないのだ。つまり 何処に居ても「日番谷君」と呼んでいいというわけなのだ。
「…何ニヤついてんだよ?」
「えっ そ そんな事無いですっ!」
中途半端に上擦った雛森の声に 少し首を傾げて笑った後に 日番谷はすたすたと歩き始めた。頭を下げる使用人に日番谷は何も言わずに進むのに対し 雛森は律儀に全員に頭を下げるので なかなか進まなかった。
「おい雛森。俺はちょっと部屋戻るから。」
「えっ?!」
「着替えに俺が居てどーすんだよ。」
呆れたように言われ それもそうだと納得しつつ 雛森はいきなり一人になってしまうのが辛くてどもっていた。と ふと思い直して口を噤んだ。身売りのくせに 主人に一緒に居て欲しいなんて。思っちゃいけない事じゃない と 自分を叱責した。その思考を柔らかく遮断するように 金髪の使用人が声をかける。
「お客様 お召し替えのお手伝い 一同に許可頂けますか?」
「あ は はいっ!」
慌てて返すと にっこりと使用人が微笑んだ。
お着替えタイムの 開始合図かのように。
日番谷は適当に自分の用意を済ませ 一回に再び降りてきた。くるりと周りを見渡した後に 隣の使用人に耳打ちのように尋ねた。
「雛森は?」
「あちらに。」
使用人は すっ と 一つのドアに手を向けた。ご丁寧に「☆お着替えタイム☆」と書かれた木板をかけてある。…誰の趣味だ と 問いただしたかったが 話がややこしくなる予感がしたので突っ込むのはやめておいた。
日番谷は誰だあの人は と 言わんばかりの熱心な視線を背中に受けながらも それを無視して言われた部屋へと足を進めた。
日番谷の事を 苗字で呼ぶ者は極端に少ない。
というか おそらく雛森を除けば居ないだろう。使用人の好奇心を煽るのも仕方が無かった。
こん こん。
日番谷は扉をノックして 声をかけた。
「雛森?」
「あ は は はいっ!」
「入るぞ?」
「え は はいっ!ど どうぞっ!」
その声を確認してから 扉を開いた。
例えが 出てこない。
想像の限りで 黒髪をひとつにまとめた美人な少女を想像してくれればいい。
黒をベースにした服で 少しくしゃくしゃとした加工がされている。
背中がほんの少し開いているような感じで まとめた髪は白に近い薄いピンクのリボンが綺麗に巻かれている。
想像出来ただろうか?
それはそのまま 彼女に当てはまるだろう。
恐らく 三秒ぐらい固まっていたのだろう。雛森が間を取り繕うように慌てて口を開いた。
「や やっぱり変ですよねっ…!こんなの似合わないですよっ!」
「そんな事無いですよ!ね 冬獅郎様?」
間髪入れずに金髪の使用人が笑顔を振りまいて自慢げに日番谷に話を振った。多分彼女が手がけた中でも最高傑作だろう。
「お おう…似合って…る。」
予想以上の出来映えに驚きながらも 俺もなかなか見る目があるなと 日番谷は自賛した。
「そ そうかな?」
雛森が照れたように動く度に さらりと漆黒の髪が揺れた。
「冬獅郎様のご趣味にお合いしましたでしょうか?」
「そうだな なかなか良い。」
こくりと頷いた後に 雛森に向かって手を差し出した。
「行くぞ。」
一瞬何の事か解らず 困った顔をしたのだが その直ぐ後で顔を紅くしながら彼女はその手を取った。
「は…はいっ!」
はき慣れない靴に転けそうになりながらも日番谷に付いていこうとする雛森を見て 日番谷は雛森に歩調を合わせた。
「お お父様…って どんな方ですか?」
「変人。」
間髪入れずの即答だったので 雛森はぱちくりと瞬きをした。
「ま 会えば解るだろ。」
先にも言ったが 日番谷は拾い子で正式にこの屋敷の子息ではない。この屋敷の持ち主は 結婚する気も無く 子供を作る気などさらさらないような人物で どうせ財産を弄んでいるのだから 『ムスコ』なんてものに相続させてみるのも面白いかもしれない。という よく解らない娯楽のような感覚で養子にさせられたらしい。
元のご両親は と尋ねそうになったが 雛森は口を噤んだ。自分もそんな事聞かれたら 余り良い気はしないからだ。
かなり長い距離のある廊下を歩ききると 二階分の高さはあるだろう大きな扉に当たった。ふぁ と 雛森が感嘆する間もなく日番谷は
その扉を 蹴り飛ばした。
『開始経緯』
+戻+
::後書::
副隊長格は基本的に召使い…(笑)
勿論笑顔の金髪召使いは乱菊さん。
☆お着替えタイム☆も乱菊さんの遊び心…!(笑)